「感性」
素晴らしい響きだ。
ブルースリーが言っていた。
「Don’t think,feel」
この歳になるとどうしても、感じる事よりも考える事が多くなっていく。また感じる事よりも考えている事の方が楽だ。
なぜなら考えているふりができるからだ。
感じるという背景には、それまで考えてきたことがもちろんあるのだけれども、結局は流れ的には感じる事があって考える事があるべきだ。
「ああしなければ」というのは考えがあるからこそで、
「ああしたい」というのは感じることがあるからだ。
「慣性」
考える事を常に意識していると、それが結局常習的になって、
物事に対して常に受け身になってしまう。
まあ昔から「川の流れに身を任せ」的な発想があるのだけれども、あれは考えるのではなくて、その先を感じなさいと言ってるに他ならない。
結局何かものを作るという事は、「感性」でしかない。
そしてその感性を慣性にこなし歓声を浴びた時、初めて完成する。
つまり
新しいもの=「感性×慣性+歓声」
という事になる。
完成!